[微生物入門]冷蔵庫で食べ物が腐るのはどうして?
導入
私たちはより長く食べ物や飲み物を保存するために、冷蔵庫に飲食物を保管します。 夏になると特に食中毒になったりするので室温で長く置くことは好ましくないとされています。 それはなぜなのでしょうか? そうです、それは菌が繁殖するからです。 しかし、 「でもなぜ冷蔵庫だと長持ちするの?」「長持ちするだけで冷蔵庫でも野菜などはなぜすぐに腐ってしまうの?」 このような疑問に応えられる方はそう多くないと思います(答えれたあなたはすごい!)。 というわけで、冷蔵庫で食べ物が腐るのはどうして?そんなトピックについて今回が話していこうと思います。
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冷蔵庫でも増えているのは実は"〇〇"
早速結論から入っていくのですが、冷蔵庫でも増えているのは実は"微生物"なんです! 結局微生物かいっ! そもそも"腐る"と言う言葉は微生物が関与して起こるものです。 なんとも人間中心の考え方ではありますが、世の中には"腐る"という言葉と"発酵"(パンやお酒など)という言葉があり、どちらも微生物が関与していて、腐るは人間に役に立たないもの、発酵は役に立つものを指しています。 なので、あなたにとって腐っているものは友達にとってはもしかしたら有用な発酵品であるかもしれません笑。
話はそれましたが、どんな微生物が冷蔵庫の中で増えているのか、そして最も重要なこととしてなぜ他の微生物と違ってそれらは生きていくことができるのか皆さんには説明できるようになっていただければ私としては非常に嬉しく思います。
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冷蔵庫の中でも生きている!代表的な"低音でも元気な菌たち"
1. シュードモナス属(Pseudomonas)
この名前、あまり聞き慣れないかもしれませんが、冷蔵庫の野菜のぬめりの原因菌といえばこの仲間。 Pseudomonas(シュードモナス)は4℃でも増殖できる「低温細菌」の代表格で、 とくに「Pseudomonas fluorescens(フルオレッセンス)」や「Pseudomonas fragi(フラギ)」が有名です。
野菜や肉、魚など、どんな食品にも付着しやすく、 保存が長くなるとぬるっとした膜を作ってしまうのはこの菌の仕業。 低温でも活動できるのは、細胞膜を柔らかく保つ特殊な脂質を持っているからなんです。
2. リステリア菌(Listeria)
もう一つの代表が「リステリア菌」。 チーズやハム、サラダなどでも問題になる菌で、4℃でもゆっくり増えるという厄介者です。 普通の菌は冷えると動けなくなりますが、リステリアは冷たくても酵素がしっかり働く構造を持っており、 冷蔵庫内でもじわじわ増殖します。
健康な人にはあまり影響がありませんが、妊婦さんや高齢者、免疫が弱い人が感染すると重症化することも。 だからこそ「加熱しない食品」は冷蔵庫でも油断大敵です。
3. ペクトバクテリウム(Pectobacterium)
野菜がドロドロに溶けてしまう……そんな「軟腐(なんぷ)」の原因として知られているのが、ペクトバクテリウム属の細菌です。 キャベツやニンジンなどの野菜に感染すると、まるで煮たように柔らかくなり、酸っぱいような異臭を放ちます。
この菌たちは、野菜の傷口や切り口から侵入して増殖し、細胞の壁(ペクチン層)を分解してしまいます。 特に湿度が高く、通気が悪い環境では増えやすく、冷蔵庫の中でも完全には死なずに活動を続けることがあります。
冷蔵庫はたしかに低温環境ですが、「0〜10 ℃」という範囲は、 実はこうした"低温でも動ける菌"たちにとって、快適な温度帯でもあるのです
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なぜ寒くても生きられるの?
一般的な細胞は、温度が低下すると細胞の膜にある脂質が固まってしまうため、物質の代謝が止まるもしくは遅くなってしまうためあまり増えることができません。 しかし冷蔵庫の中でも増えてゆく菌は主に2つの特徴を備えています。
①膜脂質を柔らかく保つ工夫
膜脂質は、細胞の膜(細胞膜)をつくる主な材料です。 細胞膜は、細胞の中と外を区切る「うすいバリア」のようなものですが、その土台となっているのが膜脂質です。 低温細菌は、膜を柔らかく保つ特殊な脂肪酸(不飽和脂肪酸)を多く含んでいます。 これにより、冷えても膜が柔らかさを保ち、栄養や老廃物の出入りを続けることができます。 高校レベルの化学で詳しく解説すると、不飽和脂肪酸は二重結合を多く持つため、自由度が低く分子同士が近づきにくいです。個体というのは分子が密集している状態で液体はより緩い状態なので、不飽和脂肪酸が多いと、近づきづらく液体の状態を直鎖脂肪酸よりも保ちやすいです。
② 酵素が低温でも働ける構造をもつ
酵素は、体の中や微生物の中で起こるさまざまな化学反応を助ける"触媒(しょくばい)"のような存在です。 私たちの体の中の酵素もそうですが、多くの酵素は温度が下がると働きが鈍くなります。 それは、温度が下がると分子の動きが遅くなり、酵素が基質(反応する相手)と出会いにくくなるからです。 しかし、低温細菌が持つ酵素は違います。 低温でもしっかり働けるように、タンパク質の構造そのものに工夫があります。 たとえば、通常の酵素に比べて
- 分子のつくりが少し「ゆるい」
- 分子の中で結びついている力(結合)が少ない
- 全体的にやわらかい構造になっている
といった特徴があります。 高校レベルの化学でいうと、酵素(タンパク質)はアミノ酸が立体的に折りたたまれた構造(フォールディング)をしています。 この折りたたみの中で、分子を安定させるのは水素結合やイオン結合、疎水結合などですが、低温細菌の酵素ではこれらが少し弱くなっています。 そのため、全体が「やわらかく」動けるのです。 つまり、低温酵素は構造を少し不安定にする代わりに、動きやすさを優先しているということです。 この「ゆるさ」によって、4℃のような冷たい環境でも、酵素の活性部位(反応の中心部分)がスムーズに動き、基質と結合して反応を進められるのです。 ただしその代わり、熱にはとても弱く、少し温度が上がると構造が崩れて(変性して)しまいます。 つまり、低温酵素は「冷たくても動けるけど、熱に弱い」タイプのタンパク質なのです。
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終わりに
人が生きていけないような環境でも問題なく増えていける微生物がたくさんいます。その一例を今回は紹介しました。 冷凍庫だとさらに腐りにくく、長期保存ができる理由は、細胞は多くの水分を含んでいるため、その水分が凍ってしまうと活動ができません。よって、そのような環境で増えていける微生物は非常に少なくなかなか腐りづらいのです。 今回の記事を読んで微生物の世界もおもしろいなって思っていただけたら幸いです。それでは!
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参考文献
[1] Harsh Kumar et al., Annals of Microbiology, 2019
[2] Ninoska Cordero et al., Frontiers in Microbiology, 2016
[3] Xinghui Fan et al., Frontiers in Microbiology, 2020
[4] Brock微生物, オーム社, 2003